誰かの役に立ちたい。そう思ったとき、あなたは誰を思い浮かべるだろう。家族や友人の顔が浮かぶ人もいれば、まだ会ったことのない誰かを想像する人もいるかもしれない。

けれど、近しい相手を思い浮かべるほど、その思いは複雑になる。ほんの小さなことでも“貸し借り”のような感覚が生まれてしまうし、感謝の言葉がなければ気にしてしまう。それは人が不完全だからではなく、ごく自然な心の働きなのだろう。人は誰しも比較し、尺度を持って生きているから。

だからこそ、少し遠い相手を思うくらいが、ちょうどよいのかもしれない。顔も名前も知らない誰かを思うとき、そこには利害も期待もなく、ただ“役に立ちたい”という気持ちだけが残る。その距離感は、心を軽やかにしてくれる。

コンビニの募金箱に小銭を落とすこと。ネット上の小さな寄付ボタンを押すこと。それだけで、世界のどこかで誰かが少しだけ救われるかもしれない。

日々の仕事だって同じだ。「どこかの誰かの役に立っている」と考えるくらいで、ちょうどいいのだと思う。

役に立つというのは、本当はそのくらいささやかなことで十分なのだろう。